翻訳において「品質」とは何を意味するか
そもそも「品質」とは?
日常のさまざまなシーンで「品質」という言葉は使われます。食品や衣料品、機械製品や各種サービスについて、それらの「品質」を考慮に入れないで購買したりすることはほとんどできないでしょう。しかし、その一方で、「品質」という言葉で実際に何を意味しているのかについては必ずしも自明ではなく、使う人によって異なることも少なくありません。例えば、「あの車は高い品質だ」という時、ある人は、燃費効率の良さについて、ある人は、シートや内装のデザインについて、また別の人はアクセルやブレーキの制御性の高さについて考えているかもしれません。このように、あるモノやサービスの「品質」について話す時は、その言葉で何を意味しているのか限定しておかないと、誤解やズレが生まれてしまうかもしれません。このズレは日常生活では大して問題にならないでしょうが、ビジネスシーンでは大きなトラブルに発展する可能性があります。
これは「翻訳の品質」を考える上でも大切な視点となります。翻訳の品質について、より具体的には「翻訳の品質がよいとうのはどのような状態であるのか」について、関係者間であらかじめ取り決めを行い、共通の認識を持っておかないと思わぬトラブルに発展してしまうかもしれません。そこで、今回は翻訳会社が翻訳の品質についてどのように考えているのか簡単に紹介してみようと思います。
「翻訳の品質」とは?
「よい品質の翻訳」と聞いてどのような翻訳をイメージするでしょうか。「誤訳や訳抜けがない」、「スタイルガイドや用語集に従っている」、「日本語が読みやすい」などさまざまにイメージするのではないでしょうか。確かに、これらは翻訳の品質を決める重要な要素になるかもしれませんが、どれかひとつを取ってそれが翻訳のよい品質の条件であると言いきることはできないでしょう。
翻訳の品質とは、翻訳の発注者と受注者との間であらかじめ決めておく約束事、いいかえれば「翻訳の品質がよいというのはどのような状態であるか」について定義し、両者の間で形成されたコンセンサスをどの程度満たしているのかの度合のことです。抽象度の高い話なので、より具体的に見ていきましょう。日本翻訳連盟による「翻訳品質評価ガイドライン」には翻訳品質(Quality)は以下のように定義されています。
翻訳成果物が、関係者間で事前に合意した仕様を満たす程度のこと
つまり、最終的なプロダクトである翻訳成果物が備えるべき性質について、関係者間であらかじめ決めておき、両者間で決めたルールがどの程度守られているかに応じて品質が決まるというわけです。
また、その定義の中の「仕様」(Specification)という言葉は、次のように定義されています。
クライアントや最終読者のニーズや目的などに基づき、翻訳成果物が持つべき要件をまとめたもの。文書化すると『仕様書』となる
要するに、翻訳成果物がどのような要件を持つべきかについてあらかじめ仕様を決めておいて、その仕様をどの程度満たしているかに応じて品質の良し悪しが決まるというわけです。事前に10項目の仕様を決めておいて、その翻訳が10項目全ての仕様を満たしていれば、その成果物は「よい品質」ということになります。その意味では、絶対的な品質のよさというものは存在せず、発注者や受注者などの関係者間で、「翻訳の品質がよいというのはこういう状態である」とするルールの取り決めとその遵守の程度があるだけです。
「翻訳仕様書」に盛り込まれるもの
翻訳の仕様に盛り込む項目は実際の翻訳案件ごとに異なりますが、一般的には、納期や金額(単価)、言語方向や分量、使用する翻訳支援ツール、DTP作業の有無などを取り決めた「翻訳仕様書」を作成することが一般的です。なお、実際のビジネスでは、納期やコストの兼ね合いから、翻訳の詳細な仕様書を作成することはほとんどありませんが、発注者や受注者、翻訳者が翻訳の品質を考えるフレームワークとして参考になればと思います。
さて、一定規模以上の翻訳会社では、翻訳の品質を管理し保証する体制を整えている場合が多いです。翻訳品質を管理し保証する体制があるからこそ、安定した品質でランゲージサービスを提供することが可能です。次回は、翻訳会社が品質を守るために取り組んでいる管理体制についてご紹介していきます。